ボーズ頭をのぞいてみれば

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3月11日の記憶~新宿にいた僕の場合~

buzz-headです。 

3.11ですね。日々の生活を送っていると30を跨いでの5年間はあっというまでした。節目の日付ということで自分の経験を整理しておきたいと思います。
 

1.地震発生そのとき

 折しも今年と同じく2011年3月11日は金曜日、当時は新宿の事務所に勤めており25階で打ち合わせをしていました。幸い打ち合わせブースというオープンスペースにいたので倒れてくるものもありませんでしたが、机をつかんで尋常じゃない揺れに耐えていたこと記憶しています。高層ビルの特性としてビルがしなって地震力に耐えるということもあり、15分後くらいの茨城沖震度6まで明確に途切れていなかったように思います。
 

2.まずは何より安否確認

 揺れ始めたときから妻の携帯電話にかけ始めていましたが混乱の中つながらず、程なく携帯電話の通信規制がかかってしまいました。そこで活躍するのが固定電話。職場からNTTでかけると規制はかかるものの10回に1回くらいは回線がつながり何回かトライするうちに家族の無事を確認することができました。
 通信は新宿では問題なく行えていましたが、メールは15時頃発信したモノが22時頃にまとめて届いていましたので全く使い物になりませんでした。通信はできたという教訓からまだ手を出していなかったTwitterやLINEなどについて非常時の連絡手段として登録するようになりました。
 

3.家に帰る?帰れる?帰らない?

 首都圏の鉄道が機能停止する中、会社によっては業務打ち切り退社やとりあえず状況が見通せるまで待機という判断が分かれ駅や幹線道路には多くの人があふれました。僕の職場はインフラ関連のため取引先の被災状況確認などする仕事があったため業務続行、終業後は会議室等で待機も可という判断でした。ニュース等の情報を見る限り翌日まで待機できたのは不幸中の幸いでした。
 翌日午前中に通勤に使う埼京線が動くという情報があり、駅に行ったものの300%の混雑。何とか体を押し込めて窓ガラスが割れるんじゃ無かろうかと思う中駅の間で停まった新幹線を横目になんとか帰宅したことを覚えています。
 
 その後の福島の問題や計画停電、物流の混乱など3月中は東京周辺でも大きな影響があったと思いますがとりあえず個人的な3.11の記憶ということで書き留めてみました。

 

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